毎日が本番

ライフログ

終日稽古

AM9:30 から昼まで稽古

12時少しすぎから2時までランチ休憩

セブンイレブンで麺類とコーヒーを買って皆で食べる

1時すぎに、夕方の打ち合わせ用にPCを取りに帰る

うちにいるひとときがほんの少し気が緩む時間になる。

14:00~16:30まで稽古。制定も注意をいろいろ受けるが、だんだん朦朧としてくるとともに、どんなにやってもダメなんだよな、とすごく後ろ向きな気持ち。

私の好きだった稽古、というか、私に良いところがあると思ってくれる人はもういない。だからもうやっていても、自分がダメだと思うだけだと思って、続けるのもどうしようかと思う。

いいところもありつつ、よくないところをなおして高みにいきたいと思う気持ちを一人だけでやり続けるのは難しい

夕方、次の場所についての打ち合わせ。なかなか難易度が高い。帰宅して、ふと、続かないかもな、と思ってしまった。かなり後ろ向きだ。

野菜とか食材について、自分の用意したものなら調理できるけど、もらったものをどうにかできる人がいないから、といったら、だったら自分でやれと言われて、プツンときた。いつもやっているし、いつもなにやらどんどんかってきてその処理をしているのは私だというのにどういうことだと。でもお酒を飲んでいるので忘れてしまっているのだ。だが、おそろしいのは、お酒を飲んでの発言は本音だということだ。だからどんどん誰も信用できなくなってくる。

まず、あのおいしくない袋めんを捨てるようにしようと思う。

家が少しでもちらかっていたり、床がきたなかったりするとすごくいらつく。

いろいろなストレスがたまりにたまっているのだと思う。

すごい夢

6:20頃同居人が出ていくので一度おきて、あまり寝れないかな、、と思いながら寝て、すごく苦しくなる夢を見た。8:20の目覚ましの音で起きたわけだが、結構夢でくたびれるというか、、、なんというか。唇も少しヘルペス気味になっていて、如実に疲れをあらわしていた。

いったいこれは何の修行??と思っていたが、ここで無理と言わずにやっているのはなぜか??どこまで自分ができるか挑戦している?試している?何のため??

この状態のなかでどこで力を抜くかのチャレンジ?できた気になっても身体の内部に毒素がたまってまた癌のもとになるのだろうか、、などいろいろ考える。

 

夢とは、広めの自分所有のマンションにいて、そこに同居人の元奥さんと子供がやってきて、いろいろ使っている。すごくいろいろ広げるので、かたづけなくちゃ、とか思う。元奥さんとこどもは、そのものではなく、心当たりのある人に似た感じの人として登場している。同居人は、それを知っていて許しているのだが、私に話すことはしていない。

なんかバタバタするので、自分は明日会社に行く道具をもってホテルにしばらくいたほうがいいかな、とか思っている(自分の家なのに)

そのうち、元奥さんの知り合いが大量にやってきて、近くにできた新しいショッピングモールに買い物にいくようだ。元奥さんとこどもはドライヤーをかけて髪を結ったりしている。同居人は、一応掃除をささっとしている。

その時の自分の気持ちは、ここは私の家なはずなのに、どうして自分の場所がないのかと思ったり、この女の人が嫌いというわけではないなとなぜか思ったりしている。

とにかく逃げ出してひとりだけの時間がほしい、と思っている、というもの。だが、どんどん話しかけられたり、どやどや人がやってきたりしている、、

 

なんだ?この夢は?今の状況がこういう形で夢になっているのは明らかで、さすがにかなりやばいと思わざるをえない。

父と母に感謝

小さい時から不自由なく育ててくれた両親にあらためて感謝の気持ちをもった。
それなりに嫌なこともいろいろあったが、お金で困ることはなかったので、おっとりと育った。これ、という記憶はないが、お金に変な執着もなく、変に使いたくなることもないのは、両親の価値観のおかげかと思う。妹と少し違うところがあるが、それは私が仕事をして稼ぐことをできるように、その大元をしつけてくれたからなのかも?とも思う。

いずれにしても、私が私でよかった。少し嫌な気持ちが心の中に湧き上がったけれど、それでも逆でなくて良かったと思った。

ゴールデンウィークあけてから、ここ何日かは特に、いろいろ片付けたり、捨てたり、掃除したりで一生懸命だ。こうやって心を浄化しているのかも。

遺伝子検査 今回はやめた

今日は通院。
朝からオンラインの打ち合わせ2本と面接。
公開延期のメールも来ていてなぜ???となり、落ち着かず。
その合間に少しずつぱんをかじり、12時すぎに出て病院へ。

放射線治療の頃とは季節もちがうし、気の持ち方も違う。あの頃はよかった、、、

遺伝子検査のカウンセリングを受けた。
私の家族構成や組み合わせからは高リスクが見つからなかったので、検査をしても陰性になりそうなのでやめることにした。
目安になるものがないなか、検査を今以上に受けるのは負担だ。

胸のしこりっぽいのは、手術をして肉を集めてきたところなのでコレで普通だそうだ。

放射線科もうけて、3時半過ぎにココスでランチ。
なんかあまり好きな味ではなかった。
薬局に行って、対面面接だと思って出社。オンラインだった、、、失敗した、、、

くたびれた1日。通院ものんびりできなかったからな。

カウンセリングで同席していた方が、終わったあとついてきて、健康意識が高いので受けるかと思った、と言われた。ひとりでかかえこまないで、と言われたけれど、私は意識高いわけでもないし、かかえこむ、という感じでもない。話したい感じの人がいないのだ。
孤独な感じだ。
なにかのレベルが皆合わないので、話してもほしい言葉がもらえる気がしない。
むしろ、相手の気が済むようにトークしてしまい、心はよそ行きのままだ。ものすごく心を開いた話し方をするので誰も気づかないはず。
ゆっくりひとりでいたい。

講座続きでキツイ

GW前からわかってはいたのだが、社内外の講座が目白押しで、新卒説明会もあり、

特にGA4の講座は新規で頭をずっと働かせておかないといけないので相当キツイ。

質問もこなれていないので、頭がずっと緊張だ。

講座前後に、面接、打ち合わせがみっちり入っていて、いつも時計をみながらあと何分、次の何時から何々、、、みたいな感じで本当にきつい。

 

木曜日は通院なので一日病院の気持ち、、、と思っていたが、前後に面接や打ち合わせがみっちりはいってしまって、これもまたきつい。

 

ごはんをつくるのは趣味のようなものなのだが、時間がとれないのでかえってきつく、弁当続き。しかも食べたいものが思いつかず、というかんじで、なんとか気分転換しようと無駄に新宿までいったりするのだが、ここでもあわてて弁当を買う感じで、なかなか満足がいかない。

 

ストレスがたまっているようで、部屋の模様替えをしてしまった。今はミニマリストになりたいくらい。今まで、師匠がくれたものとか、隣から引っ越してきたときに整理してなかったものとか、をためすぎていた感じ。とにかく捨てたい気持ちでいっぱい。かたづけてもかたづけてもものがあるし、洗濯も毎日毎日あって、へとへとだ。

父が助けに夢に出てくれた

夜の散歩をした晩か、、

父の夢を見た。

まだ若く、50代か60なり立ての頃の父で、遺影は70代なのだが、髪型もそれより昔な感じだった。出てきてくれただけでうれしかった。

意識レベルというか知識レベルというか、そういうものがあわなくて悩んでいるというか、悲しい気持ちになっていることが伝わったのだろうかと思った。

父は小さい時(小学校時代)に、おまえはこういう友達と一緒にいるといい、という言い方をしたときがあった。その友達とは、おおらかで、がっはっは、という感じの子だったように思う。父の真意はわからないが、私はどこかで仕入れた情報により、成績が良い友達といたほうがいいのかな、と思うところがなきにしもあらずだったのだが、父にそう言われたからそうなのかな、と思ったりもしていた。

 

だが、一方、社会に出るくらいになってくると、やはり知識やその他の文化圏が違ってくると、居心地が悪い。それが明確にわかったのは、離婚したときだ。とはいえ、仕事をしていて同じレベル感だけでやっていくわけにもいかず、なんとなく合わせる形でずっとやってきて、何かがおりのようにたまっていたが、気づかないようになってきていた。気づかないようにしないと苦しいので。。。

 

そんな日々だったのだが、ここ数日のできごとで気づいてしまって、気づいてしまって通じる人がいる可能性があることに、すがりたいような気持になっていたが、そうもいかなくて苦しんでいたところ、父が助けに夢に出てきてくれたのだと思う。

 

私が好きな私の良さを分かってくれていた人が、次々と亡くなってしまい、今まわりにいる人も、私の良さを知ってはいるが、その良さとは、便利だったり、あわせているある程度仮の姿の私なわけで、本当は違うのにな、と心の底では思っていた。というか、わかってたまるか、とか、わかってもいないくせに、という気持ちだ。

そんなわけで、期待もせずに、ええ、、わかってくれていたのか、、と思ってぐっときてしまったわけだ。とはいえ、そこにすがるわけにはいかない。いつか、道がひらけますように、、、と祈るばかりだ。