毎日が本番

ライフログ

明日診察

病院の予約電話をかけたら、すべて自動だった。

希望の日時を入れると、その時間はダメだが、一番近そうな時間をサジェストしてくれたのがびっくりだ。すごい仕組み。

というわけで、明日診察にいくことになった。

 

流祖祭りの帰りにポストを開けたら、告知手紙があった時のこと。もう12年前だ。

今回も手紙だ。。。告知までは行っていないが。

whitekite.hatenablog.com

 

あの時と違って、もう両親に相談できない。

とりあえず同居人には伝えたところ、どうすれば、、となっていた。

あの時は、何もできないけどごめんね、みたいに言われたことも思い出した。

今はもう、いろいろ面倒なので、できるだけひとりでいろいろ始末していきたいと思った。

医療保険も入っているし、遺言信託も書いてあるし、お墓も建立済だし。

あとは戒名を決めておいてお金を払っておけば大丈夫か。とか思う。

 

今日は、癌になると、離婚をするとか離れていく男性が多いという記事を読んでしまった。まあ、そうだよね。面倒だもんね。理想的な自分と受け止められない事実に耐えられないのだろうな。と思う。私はもうそもそも頼る気持ちもあまりなく、ある程度やった気になってもらうくらいがちょうどいいかなと思う。下手に切り離すとまたこじれるので。。。(と考えてしまうのもストレスか。)

 

仕事をしていて思ったのは、ずっとメールとか監視的にみているのに疲れるとかそういうこと。何かいろいろ責任があると思う仕事からもう離れたい。バイトみたいな仕事の募集も見てみてしまった。こういうのでよい。もう特に困らないのだから。

 

いつも、先の予定とかを見て、誰かが忘れていたりすることを拾ってはトラブらないようにしているのを続けるのがすごく面倒。しんどくなってきた。結局私が拾っているので、トラブらないので、誰も気づかない。いつも心の奥で、私がいなくなったらトラブル多発、と思う。が、結構そうでもなくなあなあで何とかなったりするのかもしれないとも思う。このなんともいえないどす黒い気持ちがまたよくないのだろう。

 

そもそも私は、誰かに養ってほしいと20代とか30代とかずっと思っていて(昭和の女性としては普通)それがなんかかなわないので、うう、となっていた。しかし、実際結婚して養われてみると、自由のなさに辟易とすることにも気づいた。

結局、私は自由がほしかったのだ。なので一生懸命働いた。同時にいろいろもめたりこじれたりもいやだったので、まわりにあわせるふりをして、自分の本心は気にしていないふりをした。それがおそらく多大なストレスだ。今でも暮らしをそうしている。それは、何かひどく傷つくことを言われて、そういうことになるのだったら、自分がそれを導き出す態度をしなければいい、という考えからだった。そういった、いくつかの気持ちのコントロールがストレスとなって何かできものになってしまったのか。

コロナ対策とかすごくしたり、災害対策のものを準備したり、すごくしてきた。癌にならないように食事やその他気を付けていたのに、一体全体どういうことだ。ストレスがやっぱりあったのかな、と思う。

もしくは、今度こそ本当に、解放されていいよ、という神様からのメッセージか。