2020年の大河ドラマ、麒麟がくる が、今日最終回「本能寺の変」だった。
自分でそう育てたから、始末をつけるしかあるまい、という帰蝶様の言葉とか
好きすぎて好きすぎてたまらない信長と十兵衛の関係とか
気持ちがギューッとなった。
(そうはいっても、女城主直虎の井伊直正ほどは熱が入らないのだけれど、、)
終わってから、長谷川さんの動画コメントで、「こんな(コロナ)の今の時代に、麒麟がくるように念を込めて演じた」という言葉の方がじーんとした。
麒麟は、今どこにいるのだろう。
青い鳥は、実は自分のすぐそばにいて、探しに旅に出るものでもない、というストーリーのように、麒麟がくるのを待つのではなく、十兵衛自身が麒麟になるように、平和な暮らしは自分で作るのだろうか。。。
ふっと思ったのは、私は、毎日、本を読んだり、散歩をしたり、ご飯を作ったりしていれば、それで幸せなのだろうなあ、ということだ。
信長が、「ゆっくり眠りたい、ふたりで茶でも飲まないか」と十兵衛に言った気持ちが、なんとなくわかるというか、ああ、そういうことだよね、と思った。
天下をとるとか、儲けるとか、そういうことじゃなくて、平和な、お茶を飲んで、あんなこともあったね、と語れることが幸せなのだろうな、と思う。そういう日にあとどのくらいでたどりつくのか。